神田元岩井町

前回の『岩本町一丁目』に続いて、
今回は『神田元岩井町』の千代田区町名由来板を紹介します。
『岩本町一丁目』の由来板から岩本町駅方面に200メートル進んだところにありました。

『神田〇〇町』という町名が多く存在しています(いました)が、
今回は『神田元岩井町』となります。
「元」ということで、新しい「岩井町」とは別であることが分かります。

町名由来板には、

『この界隈はかつて神田元岩井町と呼ばれていました。岩井町という名前は、代々徳川将軍家の御用鎧師をつとめた岩井家の屋敷があったことに由来するとされています。
この町は、もともと湯島(現在の文京区)にありましたが、天和二年(1682年)の大火で付近一帯が焼け野原となりました。そこで幕府は焼け出された人々にこの地を町人地として与え、ここに岩井町が誕生したのです。
ところが享保年間(1716年~1736年)、この岩井町も火災にあってしまいます。こんどは柳原土手(現在の神田須田町二丁目、岩本町三丁目、東神田二丁目周辺)が被災した町人に与えられました。このとき、柳原土手に移った人々は、町名を「柳原岩井町」と定めます。一方、移転せずに残った人々は、“こちらが元からある岩井町”という意味を込め、町名を「元岩井町」としたのです。
江戸時代の元岩井町には、金物を扱う商人などがいたようです。文政七年(1824年)に書かれた「江戸買物独案内」には、釘や銅物などを扱う鉄物問屋・三河屋が町内にあったことが記されています。現在も岩本町二丁目と一丁目を分ける道が「神田金物通り」と呼ばれるのは、その名残なのでしょう。
昭和四十年(1965年)、住居表示の実施にともない、神田元岩井町は、神田松枝町、神田大和町などとともに、岩本町二丁目となりました。』

とあります。

 

震災・災害で住む土地を変わるのは大変なことです。
震災・災害が全くないという世の中になることはありません。
ですが、ダメージが最小限で抑えられる社会を求めていきたいです。

 

 

 

 

 

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