二番町

町名由来板シリーズです。
前回は神田地区での紹介でしたが、麹町地区に戻ってきました。
今回取り上げる由来板は『二番町』です。

六番町から始まり、五番町、四番町は紹介済みですが、
一つ飛んで『二番町』の紹介となります。

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場所は日本テレビの旧社屋の玄関前にあります。
現在麹町の日本テレビ社屋では大掛かりな工事が行われております。
スタジオを建設しているようですので、数年後またこの土地に活気が訪れそうです。

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由来板には以下の記載があります。

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江戸城に入った徳川家康は、城の守りを固めるために、城の西側に隣接するこの一帯に「大番組」と呼ばれる警備役の旗本たちを住まわせました。ここから、「番町」という地名が生まれました。
江戸時代、この界隈には武家屋敷が立ち並んでいましたが、明治時代になると伯爵や子爵、官吏の邸宅が並ぶ高級住宅地となりました。現在の二番町周辺は、明治五年(1872年)から昭和十三年(1938年)まで「下二番町」と呼ばれていました。いまは、幅こそ広くなったものの、通りの位置や方向は大きく変わらず、落ち着いた町並みからも往時が偲ばれます。
明治・大正期の外交官であり、のちに首相となって政党政治を確立させた加藤高明の邸宅は、現在のベルギー大使館の地にありました。
「花物語」「徳川の夫人たち」などの大衆小説で有名な吉屋信子や、プロレタリア文学の武田麟太郎も、この町に住んでいました。
ここ二番町では日本テレビの存在も忘れることはできません。昭和二十七年(1952年)にこの場所に開局した日本テレビは、当時、海抜184メートルのテレビ塔をもち、その展望台からは皇居や国会議事堂を望むことができました。
明治、大正、昭和と多くの文化人を生み出した二番町は、これからも文化の発信基地の役割を担っていくことでしょう。